■銀河鉄道の夜〜遠野・花巻・南三陸 その1
陸前高田の市街地の方へ向かいました。高台にあった宿から徐々に下っていくと、やがて、”ここから浸水地”というような標示板が現れます。そして、そのまま走って行くと、やがて街中…いや、まったく何もない土の台地が広がる場所に出ました。
そう、何もないのです…
ただ、大きな機器があり、パイプが行き交い、そして大きなトラックや工事車両が目まぐるしく走り回っていました。津波で倒壊した家屋や建物を壊し、いったん更地にしてから、今、盛り土を行い、土地の高さを高くしているのでしょう。パイプからは盛り土用の土が運ばれ下に落として溜めて、それをダンプが運び、各所へと運搬していました。
既に東日本大震災から約3年が経つものの、現地はまだまだ復興には程遠い状況でした。何もない。人も、家も、ビルも、商店も、何もかも…。ましてや宿泊場所などあるわけがないです。
ポツンポツンと、流されずに残りまだ撤去されていない鉄筋の建物が僅かに立っていました。その存在より際立ち、津波の恐ろしさを物語っていました。
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左:下宿住宅、右:道の駅
駐車所にバイクを置き、津波に耐え一本だけ残ったという一本松を見に行きました。案内板に従ってパイプライン横をしばらく歩くと、ポツンと松が立っていました。
奇跡の一本松
以前は人で賑わっていたであろう陸前高田市街。そして、道の駅を含め随所に観光地があったであろう海沿いの街も、観光(?)は今やこの松一本かと思うと、寂しさを感じまし。
陸前高田を後にして、大船渡市、釜石市と海岸線沿いの街を走りました。低地にある市街地はどこも津波の被害を受けていて、その傷跡がまだ各所に残っていました。
止まった時計塔(大船渡)
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飲食店をはじめ、各お店はまだ仮設状態。できれば、応援の意味も含めて、昼食等は市街地の跡や街道沿いに建てられた仮設商店街を使いたいです。とはいえ、観光地もちゃんとあります。碁石海岸のシンボルでもある穴通磯は、駐車場から歩いてすぐのところにあり、ぷらっと見に行けます。
穴通磯(大船渡市)〜碁石海岸への道は鹿が出るので注意。また、国道106号線は渓流沿いを走り、そこにかかる諸々の陸橋が見え隠れして走っていて楽しいです。
釜石大観音(釜石市)
極細の縮れ麺に、あっさりとした醤油味のスープが特徴の釜石ラーメン。上は新華園本店のラーメン 530円
続いて、大槌町、山田町と走ります。途中、大槌町内では井上ひさし氏著の吉里吉里人の舞台となった吉里吉里駅とその周辺を見ました。いや、特に何もないんですけど、ね。
蓮菜島(大槌町)〜ひょっこりひょうたん島のモデルと言われる。
そして岩手県の三陸(太平洋)沿いにある大きな街の宮古市に入りました。宮古市内でも各所に津波の傷跡が残っていましたが、他所に比べると活気を取り戻しつつあるようでした。
橋桁が落ちた鉄橋(宮古市)
でも、駐車場がとりあえず砂利で作られ直されていた浄土ヶ浜は、気のせいか、以前に見たときと比べてその迫力が薄くなったように感じられましたので、もしかしたら、少し損壊があったのかもしれないです。そうやって、観光にも少なからず影響が出ているように思われました。そして、そこから岩手県の内陸部へと向かいました。
浄土ヶ浜(宮古市)〜駐車場はいくつかありますが、第2駐車場から降りて行くと至近です。
遠野時間
かっぱ淵〜かつては河童が住み、通りすがりの人々を驚かせていたといいます。
遠野には独特な時間が流れています。
時間がゆっくり流れている感じがあるのと、平成の今ではなく昭和、いや、明治の時代にタイムスリップしたような感じになります。ひょっこりと、本当に河童が出てきそうですし、どこからか天狗が飛んできそうです。
観光名所であるカッパ淵や五百羅漢などが今もなお観光化されておらず、そこに居るだけで何か懐かしい気分にもなりますし、力がみなぎってくる感じさえもします。たぶん、遠野自体がパワースポットに違いないですね。
山口の水車
ちなみに、遠野を訪ねられる前に、是非、「遠野物語」を読んでみて欲しいです。遠野に伝わる民話が書かれていて、馬と夫婦になった娘の話しや、座敷わらし、そして、河童の話しなどがあり、遠野ツーリングがより楽しめること請け合いです。
デンデラ野〜うばすて野で、集まった老人たちはここで自給自足をした伝説があります。
程洞神社〜神秘的な場所です。で、ご神体なのは…。
五百羅漢〜苔で覆われた大小の石に、羅漢像が数多く彫られていました。度重なる飢饉の犠牲者の供養のために彫られたとも伝わっています。
遠野市の国道340号線バイパス。
荒神神社〜田んぼの中に、ポツンと社殿があります。